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2015年2月 6日 (金)

南米ジャングル開拓物語

元アコーディオンクラスの友人が本を出版。813060240121671_3

タイトルは 「ひたすらに生きよ、死んではならぬ  南米ジャングル開拓物語」。

戦後、日本には600万人からの引揚者がいた。戦後の食糧難などから盛んに南米への海外移民が奨励された。

彼、松田君は12歳の時に家族ともども南米のパラグアイに希望にもえて移民。南国の良好な農地はすぐにでも食べ物に困らない。バナナは取り放題、と役所は説明。Yjimage1_4


しかし、そこはただ、ただ熱帯のジャングルがあるのみ。0e4cfd18915a2d41a62e899bde49a2dd650

ひたすら、木を切り、根をおこしつづけた。ジャングルでは木だけでなく木に絡まったつたも太いものでは10㎝前後になるという。

ここを開拓して食料を得るまでは蛇、カエル、山猫、木の実 なんでも食べた。 しかし家族が食べられるほどの食糧は得られず、それぞれが別の生きる道を模索。家族はバラバラに。

それでも一時はトマト、花栽培などで家族一緒になるときもあったが、それもうまくいかず。

千言万語を費やしても表現しがたい艱難辛苦を味わった開拓物語。

それでも、「どんなことがあっても生きたい。 その心の声こそが生きる道を開いてきた。」 という常人にはとても真似のできない生活を生きてきた人。

彼は今は日本で血液循環療法の治療師として、治療院を開業するかたわら、茨城県で 80坪ほどの土地を営み コスモスセンター 「地球家族」 を創設しようとしている。

ここをバラグアイとの友好の拠点とするともに、今の日本人に一番必要であると思っている「自立して生きる喜び」、 「命があることの喜び」 を体験できる心のオアシスにしたいといImagescacjz0up_2う。

素晴らしい生き方だ。

開拓民の話では、ドミニカへ移住した人たちが 15年ほど前 訴訟を起こしたことが思い出される。

南国の楽園、として国が盛んに喧伝したが、移住地は 不毛の地。

訴訟は首相の謝罪と一時金支給でとりさげられたという事件もあった。

日本では無料で18haの土地を供与との甘い言葉も実は所有権はなく、耕作権だけだった、との嘘八百。 国はそのころの資料をひもとけばその事実を知っていたという。

松田君は70歳になり、年金もほとんどないことに怒っている。

訴訟団はいった。 国の棄民政策だと。

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コメント

そうだったのですか~?本当に棄民政策と言いたくなりますよね?
昔も今も弱い立場の人間が切り捨てられる世の中ですかねぇ!(;_;)

空さん
腹をすかせているものは、どこかで食料を求めなさい、自国の
産業復興のおくれを移民に昇華した政府の歴史。

真実を見る目はどこまでもどこまでも必要ですね。

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