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2016年8月22日 (月)

光と影で戦争描く 藤城清治92歳

003今日は「すぎのこ劇団」の人形劇を見に行く予定だった。が、台風の影響でわが市近辺は1時間に100ミリの雨。おまけに行先は川べり。 で、テレビに魅入る。007

「光と影で戦争描く 藤城清治 92歳」。を見た。 彼の若いころは 「ケロちゃん」の大成功などで、商業主義的な部分が鼻についたときもあった。 008が、大学生の時から今までずっと 光と影の不思議な魅力を私たちにアピールし続けてきた数少ない巨人

彼は云う。「ずっと、90いくつまで生きてきた終わりの方のひとつと集大成的な人生観そのものを訴えた絵にしたかった。」013_2

彼は19歳で海軍兵学校に入る。しかし、目が良くなかったために特攻隊に入ることはなかった。 

特攻隊とは ≪太平洋戦争の末期に日本軍が編成した生還を期さない体当り攻撃部隊。048

航空特攻の場合、1944年(昭和19)10月、フィリピンにおいて、第一航空艦隊の命令によって編成され出撃した神風特別攻撃隊が最初であり、このときは、米軍の護衛空母群に大きな損害を与えた。

以後、特攻攻撃は、日本軍航空部隊の主要な戦法となり、沖縄攻防戦では、1945年4月から5月の時期を中心に陸海軍あわせて約2500機もの特攻機が出撃し、さらに、本土決戦のために多数の特攻機が配備された。米軍は、レーダー網の整備や艦載戦闘機・対空火力の増強、特攻機の出撃基地に対する攻撃などによって特攻攻撃に対抗したため、日本軍搭乗員の練度の低下とも相まって、大多数の特攻機は目標突撃以前に爆撃された。(WEBから参照)≫041

彼は知覧の特攻記念館と訪れ、友人の名前を見、改めて 「平和への願い」を新たにする。 

80歳のころから、原爆図、福島の原発被災図などを描き、絵の方向性を少しずつ転換してきた。 

92歳を迎えて書いた 「平和へ」 は、 この桜たちは死んでいった者たちを見送る国民全部の心でもあり、 花びらひとつに鎮魂の意味をこめている、という。054_2
この絵の中に小人を入れようか迷った。なぜなら、小人は生きている喜びの象徴だから。 最後に小人を入れることを決めたのは、これをきちんと描いてこそ自分の覚悟というか決まりをここでつけよう、とおもったから。042
静かにみてもらって、みんなの心の中に何かを感じてもらえれば(うれしい・・・)、そして 日本の良さ、生きている喜びをこの中から受け止めてほしい・・。」

92歳。渾身のかげえ作家の集大成。 生きている喜びは平和への願いでもあった。 映像の迫力・影絵の幽玄性、ジャーナリストの良心のコラボの素敵な番組だった。055


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コメント

私も見たかったけど、疲れて夕食後に眠ってしまうので(T_T)

雀さん  私も見たのは偶然だったのです。
こんないい番組があること知らなくて、たまたまみつけて
あわてて録画。
むのたけじさんが101歳だから彼はまだ10年先がありそう。
と、いうことはわたしたちにはもっともっと先が
ありそう。
なんかがんばらなきゃいけないのかも。でも雀さんはもう十分
頑張っている。
来年の夏には会えるかな。

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