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2016年11月28日 (月)

悔悟の記録

Zuopin11_2一人芝居 悔悟の記録 -ある憲兵の記録ー 演出 ふじだあさや  を見た。演者は西尾瞬三。 聞いていて耳を覆いたくなるような残虐なことを淡々と語る演者。 日本人は過去に何をしてきたか、一人の責任では決してない凄惨な過去。

「あれは入営2ゖ月ごろのことだったかな。 -度胸をつける教育ー といってね。農民姿の中国人を刺し殺すことになったんだ。 ー今度はお前が突き殺せー と上官がいうんだ。 -もしおれがやらなかったらみんなに何といわれるかー と思ってね。大きな声をあげて突っ込んでいったんだ。力まかせに胸のあたりをついた。 目があった。 とうとうおれは人を殺してしまった。 相手は劣等国民だ。 中国人への感情? 当時は何もないですよ。命令に服従するだけで、うまくやって殺すこと以外何もないですよ。Bkaigo11_2

人の首を切らないと1人前にならない時代だったんですよ。 そしてね、だんだん手柄を立てたいという気持ちになってね、次々と殺すようになったんだ。 おれは 328人こうして殺した。 捕まえて拷問にかけた人間は1917人にもなった。 虫一匹殺してもバチがあたると思っていた このオレがね。

刺突(しとつ)訓練といってね、軍刀の試し切りをするんだ。 今晩あいつを処理しよう、と上官がいう。おれは首を切らん、といったら上官にたたかれてね。 首の切り方をならった。首に骨があるでしょ。なかなか切れないんだ。 最後は腹の上に飛び乗って軍刀でめちゃくちゃに切った。Img2111
人を殺したら 英雄になったような気持ちになった。
どうして、憲兵になったかって? それは貧乏だったからだ。 小学校の時、先生に言われた。 -若者なら広大な大陸をめざせー と。同じクラスでも地主の息子はいい身分だった。 地主の息子に勝てるのは憲兵しかなかった。

憲兵は軍隊内の警察だからいちもく置かれる。昭和7年1月満州事変の年に中国へ行った。 毎月家に400円送金できるほどの高給取りだった。

当時 「厳重処分」という言葉があった。これは処分というのは人を殺すということだ。憲兵は生殺与奪の権利を持っていた。 憲兵としてがんばるということは、スパイらしいものを捕まえてきて殺すこと。その前に吐かせるために拷問にかける。
竹刀でたたく、石の上に座らせてたたく、人の汚水を飲ませる。水攻めにする、もう助からないと思ったときは731部隊にマルタとして送った時もあった。」Zuopin4a1_2
聞いてはいたことだけど、改めて本人が書いた記録をー口述-という形で話されると肌は泡立ち、同じ日本人であることへ浮き足立つ思いになる。

この芝居を企画した西尾さん、この憲兵だった人に会いにいった。あの時代の生き証人として晩年は平和のために生きた、土屋さん(かの憲兵)の目は厳しく 私に突き刺さってきた。  「だんだん体がいうことを聞かなくなってきた。 僕の代わりに語ってくれ」 土屋さんは西尾さんにそういって2001年10月に永眠。

2004年2月 日本国憲法に違反して、自衛隊がイラクに派兵。 土屋さんから渡された「悔悟のバトン」の重みをズシリと感じるこの頃です、と演者の西尾さんはいう。 このバトンを引き継ぐのは西尾さんだけではないはずだ。

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