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2017年5月28日 (日)

童謡考

Img_11東京新聞に載っていた松本侑子さんの 「童謡と民主主義と金子みすゞ」 が興味深い。  曰く

≪ 童謡は、わらべ歌や唱歌とは違う。  わらべ歌は 「あんたがたどこさ」など古くから伝わる民謡で作詞・作曲者とも不詳。  唱歌は、明治以降 政府が学校教育のために作った 「春が来た」、「われは海の子」 など今も愛される名曲もあるが、 「日本海海戦」、「出征兵士の歌」 など 戦後消えた歌もある。

この唱歌への批判から、童謡は生まれた。 国策から離れ、子供の感性を自由に表現する文学として、白秋 (雨、雨ふり・・・)、西条八十、野口雨情 ( あのまちこのまち、うさぎのダンス・・・),、島崎藤村 (ヤシの実・・・) 等 の詩人が書き、 童謡雑誌 「金の船」、「童話」 と増えていく。Yjimage3
リベラルな童謡に共感し、愛読したのが 女学生の「金子みすゞ」。 20歳になると童謡を書いて、この雑誌の懸賞に応募し、26歳で死ぬまで 7年間に90作が載った。

デビュー作の一つは 食べられる魚の小さな命を悼む「お魚」、 代表作は 「みんなちがってみんないい」、「わたしと小鳥と鈴と」、 「こだまでしょうか」(少し前、CMでもやっていた・・) などがある。
しかし、1925年には治安維持法が制定され、昭和に入ると言論統制と戦争の時代へ向かう。 小さな命の愛おしさ、子供の寂しさや 憧れを詠う童謡の精神は軟弱とされ、童謡運動は終焉。 発表媒体を失ったみすゞ は1930年(昭和5年)、私生活の悩みや病気、創作の困難などから自殺。Image1_2
やがて、日中戦争がはじまると、子どもは、勇ましい軍国童謡を歌わされた。 「みんなちがって、みんないい」 という個性の尊重は否定。 国と異なる意見をもつものは 「非国民」と糾弾される。

そして、敗戦。 平和な時代となり、童謡は復活したが、それは文学ではなく幼児の歌、という位置づけになった。

三木露風作詞 「赤とんぼ」など、今も歌われる童謡の大半は、大正デモクラシーの童謡運動の中で書かれた。 民主主義が一時の輝きを見せた時代の大人の、子どもの芸術と教育に高い理想と熱意の表れだ。Yasinomi1_2

今、戦後回帰の動きが加速している。子どもが平和な童謡を唄えなくなる日を、私たちは二度と招いてはならない。 ≫

今は童謡・唱歌 として区分されているので、どれが童謡でどれが唱歌かははっきりしない部分が多い。たとえば今月ボランティアで歌う「お馬のおやこ」も 軍馬への親交を深める意味で、時の政府が作成を依頼したが、作詞者はそれに抗って 、あの親子の優しさあふれる歌に結果になり、童謡・唱歌 として愛されている。

童謡の歴史を紐解くと奥深い。

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