無料ブログはココログ

リンク集

« 映画 ムーンライト | トップページ | 青梅ふれあい音楽祭 »

2017年6月13日 (火)

沖縄を叫ぶ

023彫刻家 金城 実の半生を追った NHKBSドキュメンタリー を見る。

反戦彫刻家と言われた 金城 実。 しかし、彼はその言葉に違和感を持つ。彼の彫刻は 芸術は武器になりうるのか、を問いかけ、沖縄に生まれ 人々との出会いが金城の作品を作ってきたのだ、という。003_2
006


作品には、押さえつけられ、かくされている心の中に秘められた民族の怒りが表現されているかどうかが一番肝心だとする。

( ← 死んだ子を書き抱く父親)034


035政治と芸術を切り離すことなく、沖縄人としての誇りを体全体で表現しようとする。つまり、誇りを取り戻すための解放の武器としての芸術を目指す。

沖縄読谷村、金城のアトリエに修学旅行の高校生が訪れたとき、120点を超す彫刻を前にして金城は説明する。 教科書では学べない歴史の中に生きた人々を見つめて欲しい、 土地を奪われた農民たちの歴史を心に刻んでほしい、と子どもたちに伝える。

それは、1950年代、米軍はブルドーザーと銃剣で新たな基地を作るために、農民を生まれた土地から追い出した。 土地を奪われ、飢えた子どもを抱えて農民は 「乞食行進」をして静かに抵抗した。 ( 本土の人間はどれだけこのことを知っていただろうか・・・。」004
彼が育った沖縄の小島には 電気もガスもなく 島民は裸足の生活だった。 そのなかで土の中にある恐ろしいくらいの生命力を感じ取った。 のちに土をこねて作る彫刻家の 「たまご」 がここで生まれた。

(→ 辺野古 キャンプシュワブゲート前で踊る金城)037
049今にも立ち上がろうとする漁師像、祖父をモデルにした。
東京の大学を卒業後は大阪で夜間中学の教師になる。ここでは、朝鮮人のオモニ達が文字を習っていた。ある地域に生まれたというだけで、結婚も就職もままならない部落民もいた。

彼はここで英語と美術の教師をしながら、この人々と共に誇りと怒りと限りなく人間の優しさを込めた彫刻を作り始めた。059
ここで、彼は「芸術には人を勇気づける力がある」 と感じた。

1970年代、それを全国100ゖ所以上、沖縄を皮切りに 被差別部落、炭鉱地帯、日雇い労働者の町などに移動美術館として、各地を巡回、人々に見てもらいながらともに語り合ってきた。058
33歳のころ、沖縄コザ事件が起きる。アメリカ統治下で繰り返される強姦、強奪などの暴力事件、米軍の車を80台以上焼き殺す事件が起きた。家もない、土地もない、人たちが悶悶としていたなかで起きた抵抗事件だった。

(拷問は日本兵によってスパイの嫌疑をかけられた沖縄人)056_2
このころから彼は尾がり始めた・・叫び始めた という意味。集団自決事件のチビチリガマにも足を運ぶ。ある遺族から抗議された。集団自決ではない、国家による 集団強制死 の歴史をみてほしい、と。 どうして、親が可愛い子にナイフをたて、焼き殺すことができようか、 それは強制された死であることを伝えてほしい、と。060


062彼はまた、「笑い」にもフォーカスする。人類普遍の文化をさぐると 屈辱の日々を生きながらも限りなく人間のやさしさに近づこうとする中に 「笑いと誇り」が見えてくる、という。

また、彼の彫刻の心の中には沖縄の真のリーダー、 屋良朝苗 や 瀬長亀次郎がはいっているという。

今、沖縄の人々は不安にかられる。北朝鮮情勢が緊迫化すれば、基地が集中する沖縄がまずねらわれるのではないかと・・。054
彼は中学生の孫に憲法9条を教える。 

日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、 国権の発動たる戦争と、 武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する024


手段としては、永久にこれを放棄する。

前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。 国の交戦権はこれを認めない。

« 映画 ムーンライト | トップページ | 青梅ふれあい音楽祭 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/164077/65408049

この記事へのトラックバック一覧です: 沖縄を叫ぶ:

« 映画 ムーンライト | トップページ | 青梅ふれあい音楽祭 »