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2017年8月 3日 (木)

福島双葉町の小学校と家族 ~その時、あの時

Yjimage1こんなにリアルにあの時、2011年3月11日の日そして、その後の子どもたち、先生の苦悩、悲しみを淡淡と と思えるほど現実を見つめながらの行動を記録した文章は初めて読んだような気がする。

とりわけ、冒頭の「その日」以後2・3日の出来事には涙腺を緩まさずには読めない。 著者は福島県双葉北小学校の5年生を担当する教師。 自身は中学生の男の子、小学生の女の子を持つお母さん、義父、義母ともに住む7人家族。Northpschool_021


→ 2014年の双葉北小

あの地震の直後は避難所となった学校。そのまま被災者の受けいれ、お世話などの後に、翌日からの避難命令。子どもたち、家族を守るために必死に奮闘する先生方の姿、現実をうけとめきれない著者。Northpschool_071


← 震災で倒れた下駄箱。  そのなかでも、全国に散りじりになった子どもたちを支えるために「学級通信」を発行し続けた。
6年たった今も 「私の生活は、すべては 仮 。」 という。これが現実だとわかっているのに、「仮の生活」と感じてしまう。 頭の中にはいつも 「地震」、「原発事故」、「避難」、「よそ者」、「ここにいない方がいい」 という感覚がある。Resize28411_2

→ 子どもたちの学籍簿などをとりに帰った時。

だから、あの時の光景に似ているものを見たり、音を聞いたりするだけで、一瞬にあの時に心が戻ってしまう。それは生活のなかのあちこちにある。それからどうしようもなく心細くなる。 その感情を心の奥に押し込んで出てこないように作り笑いをする。 そんな自分が嫌い。」

避難した子供がいじめにあったと「今頃」騒いでいる。 避難した直後から、沢山のいじめがあった。でもみんな「ここでお世話になっているから・・」 と我慢して言わなかった。20120528084954db11
自然災害と安全神話への不信・疑念の中でも、心の声に従って真摯に生きた一人と支えた家族、親類、同僚、地域の人たちの暖かさが ズシリと伝わる。しかし、、「なぜ こんなにこの人たちは苦しまなければならないのか」 の疑問、私たちはなにをしているのだろう、の疑問も大きくふくらむ。

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コメント

浜通りの相双地区から避難してきている友人がいます。  度々 あって 話す機会があるのですが 本当に 彼女たちが 遭遇した 苦労は そして関東地方の 避難先の 方々から 受けた 精神的な苦痛は 涙を 禁じえません。 いじめが子供達の将来に トラウマ とならないことを祈ってやみません… いじめは 精神的な殺人です!😨

雀さんの近所にもいらっしゃるのですね。
私は、想像するしかありませんが、今ここにある私の身の回りの物、
すべてを失い、体一つでよそへ行き、家も職場も失ったこと
を考えるだけで、いや 考えることができないほど
私だったら人生が閉ざされた気持ちになってしまいます。

若い時ですが、免許停止になり。わずか1ゖ月の
ことなのに、その間の空気の息苦しかったことをいまだに
よく覚えています。
 健康で文化的な生活を保障する憲法
のもとで生きているのに、被災者には法律は適用されない
世の中のような気がしてなりません。

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