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2018年3月19日 (月)

絵本 「わすれないで」

Yjimage1図書館へ行くと 絵本コーナーにまず立ち寄る。 3歳の孫に贈る本をさがして、みつけたのが 五味太郎さんの「かくれんぼ かくれんぼ」 。

もう40年も前の本だけど、版を重ねてずっと子供に支持されている。草むらだと思って隠れたのが、たぬき? 岩だと思って隠れたのが 象? なんだかわからない大きなものだと思ってかくれたのが、大きな大きな鬼!! 鬼さんたちも かくれんぼをしていた!! 絵が可愛い、ほのぼのとしている。Uruwasi1img1200x9001518931449iyzc7b

次にみつけたのが 「わすれないで」 第五福竜丸のものがたり  赤坂三好 文・絵。

東京湾の片隅に、見渡す限りのゴミの山の中に、第五福竜丸はその名もかえて 捨てられていた。 ぼくの話を聞いてください、と始まる。015

「 ぼくは元気のいい、かつお漁船だった。ぼくを設計したのは南藤さんという人。1946年 ぼくは 松、杉、ひのき そして大切なところは けやき など100本の木を使って作られた。

そのころ100トン以上もある船はほとんど作られていなかったから、ぼくの堂々とした姿にみんなは歓声をあげた。ぼくはカツオを一本づりで、日本一の大漁をはたした。 1947年から、4年間、ぼくは 毎年 1位を取り続けた。 ぼくは たちまち 有名になった。006_2

毎日 とても楽しかった。 005_3
1954年1月 ぼくは23人の乗組員をのせて、マグロ漁のために、太平洋を南へのむかった。

3月1日、12回目の「はえなわ」をはる。 手ごたえがあった。 大漁だ。 大漁だ。 そのとき 西の空を真っ赤にそめて、  いや あれは 太陽なんかじゃない。それから5時間 白い灰が降り続いた。 3月2日、みんなは、吐き気や頭痛をうったえた。 それから髪の毛がぬけはじめた。 全速力をあげて焼津港へ帰ってきた。009

放射能に汚染されたマグロは原爆マグロと騒がれ、東京の築地市場で埋められた。 乗組員のひとり 久保山愛吉さんが亡くなった。 その後 ぼくは水産大学の練習船になったが、1967年 「夢の島」に捨てられた。  013しかし、沢山の人たちの手で、ぼくは助けられ、 第五福竜丸展示館に今は保存されている。 ぼくを いつまでもわすれないで。」014_2
あとがきに 久保山さんは 「原水爆の被害者は、わたしを最後にしてほしい。」との言葉を残してその年の9月に亡くなった。

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