無料ブログはココログ

リンク集

« さきたま史跡博物館 | トップページ | 古代ハスの里 »

2018年7月11日 (水)

国宝妻沼聖天山

バスツァーの3度目の訪問地は国宝妻沼聖天山。

1179年に、熊谷市妻沼を本拠とした武将齋藤別当実盛が、守り本尊の大聖歓喜天(聖天)を祀る聖天宮を建立し、総鎮守としたのが始まり。

中世には忍(おし)城主の庇護を受けるも、多くの国宝建造物が当時の権力者側によって、作られたのに対し、当時の庶民の浄財によって、44年もかけて造られたことはめずらしい。Yjimage1_2                 開運、厄除け、縁結びの妻沼聖天山の本殿 ↑
斉藤実盛の志として、庶民の心のよりどころ、祈りの場として、庶民に受け継がれてきた。なお、数年前までは長年の傷みもひどかったが、あのテレビなどでも有名になった イギリス人が社長の「小西工業」を中心として専門家などにより、ここまでの美しさがよみがえったという。Img_20180712_0002     小  間 取遊び 7人 と梅                    竹馬遊び3人と 桜Img_20180712_0001_3


← 西王母。左の琵琶を担いだ女性が 西王母で右は侍女と思われる。 侍女が手にするのは千年の齢を持つといわれる仙桃。 不老長寿のめでたい画題として描かれている。

当時の狩野派としてよく用いられた。

小日光ともいわれた聖天山。 本殿、貴惣門など見事。 一見の価値あり。

創建時のものは消失したが、江戸中期に再建。この時代の貴重な文化遺構となっている。それにしても、中国の影響は深い。




« さきたま史跡博物館 | トップページ | 古代ハスの里 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/164077/66933346

この記事へのトラックバック一覧です: 国宝妻沼聖天山:

« さきたま史跡博物館 | トップページ | 古代ハスの里 »