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2018年10月11日 (木)

歴史を見る 音楽をする

Yjimage3音楽家 池辺晋一郎さんの上記の本を読む。

兵士として大陸や南方に動員され、還らなかった若き音楽家たちのこと。その作品を今の時代に聴き、演奏する意味を、音楽評論家、「無言館」館主の窪島誠一郎さんたちとのトーク。そして「戦後60年」の年に著者が書いていたこと。 10年前のことがありありと浮かぶけど、それはすべて 現代のつながっている。 日常の生活の中から「空」・・・大きな社会・・・が見えてくる。 そんな緩やかなエッセイ。

自衛隊のイラク派遣は違憲だ、として 関西の市民が国を訴えた。 この訴訟の原告側証人として、一人のイラク人が来日。ハッサン・アボッオ 38歳。彼は2000年、日本に留学。その留学中に祖国がアメリカの攻撃を受けた。2003年、帰国。彼の住む町で4人の若者が米軍に射殺された。 Yjimage4
テロも続いている。爆弾を仕掛けた車が爆発 125人が死亡。 祖国で罪のない市民が常に死に直面している。米軍の死者も1500人を超えた。  

彼はいう。「日本の自衛隊はアメリカの一翼を担っている。軍服ではなく、武器を持たない支援の方法をとれないか、と証言のなかでいう。

池辺さんが世界、日本各地で音楽仲間などと交流し、感じ、つぶやいたことが鮮明に記録されている。 楽しく 「そうだね、そうなんだよ」 とうなずきながら読める本。

2018年9月22日 (土)

ふかいことをおもしろく

Yjimagemjaib2p2井上ひさしの 「ふかいことをおもしろく」 という本を読んだ。 ① よく聞く言葉としては左記のとおり。外来語についても、よく政治家がけむに巻くような言葉を使っているが、私もちょっぴり反省。 私の場合はけむに巻くというより、オブラートに包んだいい方をしたいときに使うのだが \(;゚∇゚)/

② ≪ 笑いとは、人間がつくるしかないもの  それは、一人ではできない  人と関わって、お互いに共有しないと意味がないものである。 苦しみや悲しみ、不安というのは、人間がそもそも生まれ持っている。 人間は生まれてから死へ向かって進んでいく。 それが生きる ということ。 この「生きていく」 その者の中に、苦しみや悲しみが詰まっているが、「笑い」は入っていない。  なぜなら、笑いとは、人間が作るしかない者だから。 それは独りでは出来ない。人と関わってお互いに共有しないとだめ ≫ と彼はいう。  こりゃ、難しい w(゚o゚)w
人形劇にしろ、腹話術にしろ、笑い・ユーモアがなくては深まりがない。 Yjimageo7u0s70k_2
③ ≪これから作っていく新しいことの中でも、気になるのは日本国憲法。あの大戦後、戦争という形で、日本国民の中で誰も他の人を殺していないし、日本人の中で死んだ人もいない。憲法9条を変えたら、あのイラク戦争のように、誰もがすぐにああなる可能性を持っていることを考えてほしい。 ≫  この点で彼はずっと警鐘をならしていた。

2018年9月10日 (月)

音楽の力 9条の力

Yjimage1池辺晋一郎さんの上記のエッセイを読む。 池辺さんはご存じの方も多いが、

現在東京音楽大学客員教授、東京オペラシティ・ミュージックディレクター、石川県立音楽堂・洋楽監督、横浜みなとみらいホール館長、せたがや文化財団音楽事業部音楽監督。ほか多くの文化団体の企画運営委員、顧問、評議員、音楽コンクール選考委員などを務めている。

日々の軽いタッチのエッセイなので読みやすい。本からの引用

「集団的自衛権行使や改憲など・・・に日本が向かわないようにしたいと思っている。たとえば自民党に憲法を変えさせないようにするには、国民によるたたかいが必要だけど、そのたたかいに音楽がどれくらい役立つか、自分たち音楽家に何の力があるのだろう、と考える。Yjimage2

人間が力を合わせて、何か社会的な運動に取り組むときに、みんなで一緒に歌ったり、一緒に音楽をやることは力になる。 ⦅開け ごま! ⦆ と歌ってもドアが開くわけではない。 でもそのドアに重いかんぬきがかかっているとして、そのかんぬきをみんなで ≪ えいやっ !!≫ と持ち上げようとするとき、歌うことは絶対に力になる。

歌ったから客観的な状況が変わるわけではないけど、それを変えようという時に必要なこと・・・みんなの心を一つにすることのために音楽は絶対に役に立つと、長年この仕事をやってきて感じている。」T1515968075555609531791

有事法制3法。  武力攻撃が予想される場合にも、この法律は効力を持つ。予測とはどの程度をさすのか、いつ攻撃されるかとびくびくするあまり、実は何でもないのに、こちらから外国に攻撃をしかげてしまう、 そんなことがないともいいきれない。」

と、庶民的目線でわかりやすく 日々の音楽活動や社会を見る目をつぶやく。 音楽界第一線の音楽家の言葉だけにまた重い響きもある。

2018年9月 7日 (金)

ラバウル戦記

Yjimagejqf340di水木しげるの「ラバウル戦記」を読む。 あの妖怪ロードを歩いたおかげで、なぜ彼が鬼太郎アニメをうみだしたがが知りたくなったから。

勿論、最初から水木さんのラバウル体験と妖怪がつながっていたと思ったわけではない。しかし、この本を読み進むうちにその想いを深くしたのだ。61rnjqa3qbl_ac_ul320_sr232320_1

彼は徴兵されてからラッパ吹きになったが鳴らないので「やめさせてくれ」と直訴。そしたら、戦線の「南方がいいか北方がいいか」と聞かれ、「南方です!」 とこたえると ラバウル行きとなった次第。O04210337132624097841


これが、すでに敗色濃い昭和18年。 ご存じのようにインドネシアには無数の島がある。すでに日本が敗退した島もあり、そのたびに行軍や小屋造り、土嚢運び、食糧運びなどの重労働、食糧の調達がままならなくなってくると、食べ物さがし。

古兵・下士官以上はは神様のようにふるまい、飯の用意もしないし、使役の労働もない。用のない時は一日中家の中で談笑。初年兵は「おそい」、「にやついた」、「下手」といっては殴られる。 初年兵といっても半年古いと古兵になる。 古兵もまた古兵でしっかりと階級に別れる。 あとから、補給の兵隊が来ない限り、一番遅く入った兵隊は永遠に初年兵。1


彼の持ち前の楽天性から、なぐられてもなぐられてもへこむことなく常に何かに明るい光をみいだしていた。すなわち、ジャングルの森の静けさ、緑の濃さ、花の美しさ、動物たちのオーケストラとも取れる合唱や合奏。 そして、上司にもたまにはいい人もいるということを。 あるとき、飢えてカタツムリを焼いた。だれも手を付けようとしなかったが、真っ先に食べ始めたのは水木2等兵。 65fa440a1

彼の生きる力は人並み外れていたし、現地人とも交流がとれていたから 所属部隊がすべて戦死しても奇跡的に彼だけは生きてかえってこれたのかもしれない。 敵が上陸してきたときに、彼はもう弾もなく物陰で死んだふりをしていたらしい。しかし、腕を負傷、野戦病院をたらいまわしの中で捕虜となり、半年後に帰国。

敵前最前線に常にいるなかで、思ったこと。「植物や石は平穏に暮らしているのに、なんで人間だけがのた打ち回らねばならんのだろう」

「文明なんで何だ、いじめられ、そして何かあると≪天皇の命令だから死ね≫と来る。 又忙しいばかりで何もない。それに比べて土人の生活はなんと素晴らしいものだろう。すなわち日本人には味わえないゆったりとした心があるのだ。」A0087957_183958781
あるとき、彼は現地人の妻が妖怪に殺された話を聞いた。軍医にこの話をすると、アトバラナという特殊な蚊のせいだろう、ということだった。 妖怪、そして何百、何千という彼の同僚や上司の死を目のあたりにした彼には戦後、その亡霊が妖怪・亡霊・想い出になって彼をとりまいていたことだろう。 
楽天家といえども死線を共にさまよった仲間たちを簡単に忘れることはできなかった。 8e28c6dd4161d6003f98f392bb6689739_3


それが 彼の 「妖怪」だったのだ、と私は思う。 鬼太郎は彼のヒーロー、目玉おやじは彼のブレーン、そしてねずみ男? もしかしてこのコメディアンは彼自身??

従軍慰安婦のことも描かれている。彼女らは掘立小屋のようなものをあてがわれ、一日に何十人と相手をさせられる。 水木もまた、「小屋」があるとき、行ったら50人位ならんでいたので、あきらめた、と書いている。 彼女たちの事を軍は「ピー」 とよんでいた。 ピーとは英語で 「おしっこ」を意味する。おしっこのはげぐちとしての「ピー」なのか (# ゚Д゚) ムッカー !!

2018年8月10日 (金)

蜜蜂と遠雷

Yjimage2本屋大賞、直木賞のダブル受賞したり、音楽に関係ありそうなので、読んでみた。

あらすじ

舞台は地方の国際ピアノコンクール(浜松国際ピアノコンクールをモデルにしたとか)。3年ごとに開催されるこのコンクールは、優勝者が世界屈指のコンクールでも優勝した実績があり、近年評価が高い。コンテスタント(演奏者)や審査員たちだけでなく、調律師やテレビの取材者など、さまざまな人間の生き方、考え方が複雑にからみあう。

ジュリアード音楽院の学生で19歳のマサル。天才と呼ばれたが、母の死後ピアノから遠ざかっていた亜夜。楽器店に勤める28歳の高島。人々の注目を集める少年、16歳の風間塵(じん)は、音楽教育をほぼ受けたことがない。ピアノも持っていない。養蜂を仕事とする親と移動生活をしている。

しかし、塵は、高名な音楽家のホフマンから「ギフト」と称され、推薦された注目の若手。2週間にわたるコンクール。曲はバッハに始まり、モーツァルト、リスト、ショパン、ブラームス、バルトーク、プロコフィエフなどなど。Yjimage8

手に汗握る審査発表、歓喜と落胆。しかし、このコンクールにこの少年がもたらすものは、スケールの大きな、音楽に対する愛情。「狭いところに閉じこめられている音楽を広いところに連れ出す」という少年の言葉は作者のいいたいことか。

音楽にうとい私だが、各演奏者がかくも楽しそうに作曲家の意図を体現しながら演奏する曲、とはどんな曲なのだろうと、ネットなどで聞きながら読み進んだ。  ああ、この曲はこの人が作ったんだ、どんな気持ちの時に作ったんだろう、など 読んでいる間だけでもクラシックのシャワーに触れた感じ。 音楽とは人間そのもの、生きることも音楽、 そんな感じを受けた本。

2018年7月 6日 (金)

本 「奇跡の歌」

Yjimage1本 「奇跡の歌」を読んだ。 あの大ヒット曲 「南国土佐はどのようにしてうまれたかがメインテーマ。

奇跡と偶然とが絡み合って、歌謡史に残るヒット曲が生まれた。 戦時中、日本軍歩兵第236連隊通称 鯨部隊で 誰かが歌って隊全体が歌い継いでいた「南国節」。 その部隊が玉砕することなく多くの復員兵がいた事。 復員兵の歌う歌を採譜して曲に仕上げた人 武政栄策。そして「南国土佐を後にして」は生まれた。Hqdefault1

東京から福島に疎開していた少女が戦後米軍キャンプで歌い始めたこと。NHKのプロデューサーがそれらを結びつけたこと。  こうしてペギー葉山の奇跡の歌は生まれた、 あの日中戦争を高知出身の兵隊たちは勇猛果敢に戦っていたが過酷な戦時日常をどう生き抜いたか、そしてそこに生まれたささやかなドラマなどを丁寧に記されている。4a9fafbd4cd5f0b7a5630eef287eb498450


Maxresdefault1昭和17年、戦局がますます不利になる中、志願兵だけでなく国民皆兵制によって、補充兵として中国最前線に行かされた高知出身者たち。 中国をわが手に収めんと内陸へ内陸へと進軍する毎日。

「広西省の土民は苗(びょう)族といい、獰猛にして敵意強く、単独または少数で行動する我が兵をみると、襲いかかって 殺害するありさまで、その犠牲となったものの少なくなかった」  このような緊張と戦闘のなかで、土佐出身の部隊の中からだれからともなく歌われた 「南国節」。40dd2318fd8e07371612dfe97e666f0dbfb
兵たちにとっては昼間の戦闘と行軍の疲れをしばし癒せる夜に集った時に この歌がどんなにか心のなぐさめになったか、復員してきたひとたちによって語り継がれた。

また、この部隊はある日 ひょんなことから 生後間もない「ヒョウの赤ちゃん」を手に入れる。 「赤ちゃん」は隊員たちにすぐになつき、隊員たちも愛情いっぱいこめて育て、隊のマスコットになった。  しかし、進軍の命からヒョウを連れて行けず、戦中のさなかではあったが、八方手をつくして、「上野動物園」に引き取ってもらうことになる。 ところが、昭和18年、猛獣毒殺命令がくだされ、かのヒョウも殺された。 今は 高知市の子ども自然博物館にその剥製が展示されている。 人間だけでなく、動物も多くあの戦争で犠牲になった。O09600540140060236781
「南国土佐・・」の歌は兵たちの望郷の想いから発祥し、戦争の悲惨さを語り継ぐ象徴でもあった。また、「ハチ」と名付けられた ヒョウの運命もまた戦争がいかに愚かで空しいものであったかを物語る。

と、このような本だが、日本が他人の土地に土足で入りこんでいくのに、「敵」は暴力的、残虐などとの表現には違和感を覚えた。しかし、全体としては、「南国土佐・・」や「ドレミの歌」など、戦争の悲劇の中で生まれたものが、その後多くの人々の「希望」と「勇気」につながって行ったドキュメンタリーとして一読に値する。

2018年6月12日 (火)

「家族シネマ」と「あの街この街」

51yyrcm60ml_sl500_1_2何の脈絡もなく2冊の本(1冊は漫画)を読む。

一つは 柳 美里 の「シネマ家族」。 20年前にすでに崩壊した家族が、娘のアングラ映画撮影のため疑似家族を演じる、を縦軸に、日々の生活に追われ、行き場のない怒りを家族にむける人たち。先の「万引き家族」と違って こちらは本物の血縁のある家族5人。「先の映画」とは真逆。 、愛の中に家族がある、とは とても言えず、一度絆がうすまると「うたかた」 のごとくにその絆は瓦解。努力なしに「家族」はその絆を結んでいくことはできない、といおうと作者はいいたいのか。
中沢 啓治の 「あの街この街」もまた、家族と社会を問う、 ストーリーはかなり理想論的。
指物師の一家が東京大空襲にあい、長男・長女が死ぬ。 指物師という言葉が死語になりつつある今、このような伝統工芸に優れた日本文化があるということもまた、一面知ることになる。 とまれ、長男を忍ぶあまり次男はぐれるが、家族や地域の支えで成功を収めるというハッピーエンド。Img_20180613_0001_3
、「家族」、「社会」をテーマにした作品は、自らの足元を見つめ直す機会になる。Img_20180613_0003_2

2018年6月 8日 (金)

黒い雨にうたれて

Yjimage2「いつまでたっても戦争や核はなくならない。
これじゃい」をかん、もうやめようよという意識が広がるよう、僕は漫画で伝えていきたい。 」

代表作 「はだしのゲン」を描いた広島出身の漫画家 中沢啓治の「黒い雨にうたれて」を読んだ。

 冒頭の言葉にもあるように、氏の強い思いがあふれるばかりに読者にせまる。 ぜひ、おおくの子どもたち、大人にもよんでもらいたい作品。 弱者によりそう視線と姿勢はかくも悲しく、切なく、慟哭を伴わなければならないのか、胸を打つ物語だ。16081700011

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2018年6月 4日 (月)

豚の報い

515wt7q79bl_sx324_bo1204203200_1第114回芥川賞受賞 又吉栄喜さんの「豚の報い」を読む。

あらすじ  ある日、突然、沖縄の浦添のスナックに豚が闖入。豚の厄を落とすため、大学生の正吉は、スナックの三人の女たちの案内人として真謝島の御嶽(ウタキ)に向かう。ひたむきに生き、ユーモラスな沖縄の人々の素朴な生活を心優しくつかむ。 沖縄人の心意気と純朴を感じる。

女達の本音の過去が語られ、沖縄の風習に従って風葬されている父の遺骨と正吉の出会いが海の情景とともにスリリング。女達は天真爛漫でもあり、沖縄の庶民のバイタリティが見事に書き込まれている。Yjimage1

これは、標準語で会話で描いてあるので読みやすい。
筆者はいう。「豚は祈りの象徴であり、魔除けにもなり、逆に魔物を招くこともある。内面のものを全部、出し切ったことにより奥深く沈んでいるものをが出てくる。自分の近くには神様がおり、それを物語に普遍化した」

人間ってほんとはとても純真無垢で、正直に生きることが幸せなな生き物なんだ、とこの本は訴えるのか。

それに引き替え、森友、加計のあの隠ぺい、欺瞞体質を毎日報道の中で見るにつけ、ため息ばかり。 今日も財務省自らが籠池氏に1週間位雲隠れするように命じたというニュース、怒りはまだまだ続く・・・。

2018年5月31日 (木)

星野冨弘・ 種まきもせず

007星野富弘さんの花の詩画集 「種まきもせず」に心惹かれる。ご存じ、絵筆を障害のため、口にくわえて描く画家。 その植物、動物へのあふれんばかりの愛情が絵筆の一線、一閃に伝わる。 加えて添えられた詩は人間、ここまで素直な心を持つことができるんだ、とでもいうような一見 静寂な言葉の中に明るい情熱やいつくしみが読者にビンビンと伝わる 。004

たとえば、ハナニラ → 「この花は この草にしかさかない  そうだ 私にしかできないことがあるんだ」

シモツケソウ→ 「道端の 花のように ひっそりと だれかの役にたてたら いいな  神様だけがしっているんだ」

たまあじさい → まだ あそこに あるだろうか 山道のほとりの 玉紫陽花   美しくは生きられないけど 美しいものと いっぱい逢いたい。008
すみれ → 道の割れ目で 蟻とすみれが 暮らしている  蟻と花でさえ 助け合えるのに 同じ人間 どうしてきりもなく 戦争するのだろう

すてきな詩ですねぇ。 人間こんなに心のきれいな人ばかりだと、 改ざん、隠ぺい、ごまかし、虚偽 など政治の腐敗など起こらないのですが。 それに司法まで手を貸して、不起訴。 これで幕引きだなんてひどすぎる (*`ε´*)ノ002
あの言葉の哲人、谷川俊太郎さんもいう。 「私のきらいな言葉、今の政治家の間に流れるこのような言葉が嫌い!」003_2

対して、工藤直子さんの好きな言葉 「ふわふわ 、 すりすり・・・」 、私は世の不正に対して民主主義を貫こうとしている人たちに 「すりすり・・・」

グラニチカがきれいになってきた。今日は白あじさいを11本、アコでお世話になってなっている公民館に届けた。

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