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2018年8月10日 (金)

蜜蜂と遠雷

Yjimage2本屋大賞、直木賞のダブル受賞したり、音楽に関係ありそうなので、読んでみた。

あらすじ

舞台は地方の国際ピアノコンクール(浜松国際ピアノコンクールをモデルにしたとか)。3年ごとに開催されるこのコンクールは、優勝者が世界屈指のコンクールでも優勝した実績があり、近年評価が高い。コンテスタント(演奏者)や審査員たちだけでなく、調律師やテレビの取材者など、さまざまな人間の生き方、考え方が複雑にからみあう。

ジュリアード音楽院の学生で19歳のマサル。天才と呼ばれたが、母の死後ピアノから遠ざかっていた亜夜。楽器店に勤める28歳の高島。人々の注目を集める少年、16歳の風間塵(じん)は、音楽教育をほぼ受けたことがない。ピアノも持っていない。養蜂を仕事とする親と移動生活をしている。

しかし、塵は、高名な音楽家のホフマンから「ギフト」と称され、推薦された注目の若手。2週間にわたるコンクール。曲はバッハに始まり、モーツァルト、リスト、ショパン、ブラームス、バルトーク、プロコフィエフなどなど。Yjimage8

手に汗握る審査発表、歓喜と落胆。しかし、このコンクールにこの少年がもたらすものは、スケールの大きな、音楽に対する愛情。「狭いところに閉じこめられている音楽を広いところに連れ出す」という少年の言葉は作者のいいたいことか。

音楽にうとい私だが、各演奏者がかくも楽しそうに作曲家の意図を体現しながら演奏する曲、とはどんな曲なのだろうと、ネットなどで聞きながら読み進んだ。  ああ、この曲はこの人が作ったんだ、どんな気持ちの時に作ったんだろう、など 読んでいる間だけでもクラシックのシャワーに触れた感じ。 音楽とは人間そのもの、生きることも音楽、 そんな感じを受けた本。

2018年7月 6日 (金)

本 「奇跡の歌」

Yjimage1本 「奇跡の歌」を読んだ。 あの大ヒット曲 「南国土佐はどのようにしてうまれたかがメインテーマ。

奇跡と偶然とが絡み合って、歌謡史に残るヒット曲が生まれた。 戦時中、日本軍歩兵第236連隊通称 鯨部隊で 誰かが歌って隊全体が歌い継いでいた「南国節」。 その部隊が玉砕することなく多くの復員兵がいた事。 復員兵の歌う歌を採譜して曲に仕上げた人 武政栄策。そして「南国土佐を後にして」は生まれた。Hqdefault1

東京から福島に疎開していた少女が戦後米軍キャンプで歌い始めたこと。NHKのプロデューサーがそれらを結びつけたこと。  こうしてペギー葉山の奇跡の歌は生まれた、 あの日中戦争を高知出身の兵隊たちは勇猛果敢に戦っていたが過酷な戦時日常をどう生き抜いたか、そしてそこに生まれたささやかなドラマなどを丁寧に記されている。4a9fafbd4cd5f0b7a5630eef287eb498450


Maxresdefault1昭和17年、戦局がますます不利になる中、志願兵だけでなく国民皆兵制によって、補充兵として中国最前線に行かされた高知出身者たち。 中国をわが手に収めんと内陸へ内陸へと進軍する毎日。

「広西省の土民は苗(びょう)族といい、獰猛にして敵意強く、単独または少数で行動する我が兵をみると、襲いかかって 殺害するありさまで、その犠牲となったものの少なくなかった」  このような緊張と戦闘のなかで、土佐出身の部隊の中からだれからともなく歌われた 「南国節」。40dd2318fd8e07371612dfe97e666f0dbfb
兵たちにとっては昼間の戦闘と行軍の疲れをしばし癒せる夜に集った時に この歌がどんなにか心のなぐさめになったか、復員してきたひとたちによって語り継がれた。

また、この部隊はある日 ひょんなことから 生後間もない「ヒョウの赤ちゃん」を手に入れる。 「赤ちゃん」は隊員たちにすぐになつき、隊員たちも愛情いっぱいこめて育て、隊のマスコットになった。  しかし、進軍の命からヒョウを連れて行けず、戦中のさなかではあったが、八方手をつくして、「上野動物園」に引き取ってもらうことになる。 ところが、昭和18年、猛獣毒殺命令がくだされ、かのヒョウも殺された。 今は 高知市の子ども自然博物館にその剥製が展示されている。 人間だけでなく、動物も多くあの戦争で犠牲になった。O09600540140060236781
「南国土佐・・」の歌は兵たちの望郷の想いから発祥し、戦争の悲惨さを語り継ぐ象徴でもあった。また、「ハチ」と名付けられた ヒョウの運命もまた戦争がいかに愚かで空しいものであったかを物語る。

と、このような本だが、日本が他人の土地に土足で入りこんでいくのに、「敵」は暴力的、残虐などとの表現には違和感を覚えた。しかし、全体としては、「南国土佐・・」や「ドレミの歌」など、戦争の悲劇の中で生まれたものが、その後多くの人々の「希望」と「勇気」につながって行ったドキュメンタリーとして一読に値する。

2018年6月12日 (火)

「家族シネマ」と「あの街この街」

51yyrcm60ml_sl500_1_2何の脈絡もなく2冊の本(1冊は漫画)を読む。

一つは 柳 美里 の「シネマ家族」。 20年前にすでに崩壊した家族が、娘のアングラ映画撮影のため疑似家族を演じる、を縦軸に、日々の生活に追われ、行き場のない怒りを家族にむける人たち。先の「万引き家族」と違って こちらは本物の血縁のある家族5人。「先の映画」とは真逆。 、愛の中に家族がある、とは とても言えず、一度絆がうすまると「うたかた」 のごとくにその絆は瓦解。努力なしに「家族」はその絆を結んでいくことはできない、といおうと作者はいいたいのか。
中沢 啓治の 「あの街この街」もまた、家族と社会を問う、 ストーリーはかなり理想論的。
指物師の一家が東京大空襲にあい、長男・長女が死ぬ。 指物師という言葉が死語になりつつある今、このような伝統工芸に優れた日本文化があるということもまた、一面知ることになる。 とまれ、長男を忍ぶあまり次男はぐれるが、家族や地域の支えで成功を収めるというハッピーエンド。Img_20180613_0001_3
、「家族」、「社会」をテーマにした作品は、自らの足元を見つめ直す機会になる。Img_20180613_0003_2

2018年6月 8日 (金)

黒い雨にうたれて

Yjimage2「いつまでたっても戦争や核はなくならない。
これじゃい」をかん、もうやめようよという意識が広がるよう、僕は漫画で伝えていきたい。 」

代表作 「はだしのゲン」を描いた広島出身の漫画家 中沢啓治の「黒い雨にうたれて」を読んだ。

 冒頭の言葉にもあるように、氏の強い思いがあふれるばかりに読者にせまる。 ぜひ、おおくの子どもたち、大人にもよんでもらいたい作品。 弱者によりそう視線と姿勢はかくも悲しく、切なく、慟哭を伴わなければならないのか、胸を打つ物語だ。16081700011

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2018年6月 4日 (月)

豚の報い

515wt7q79bl_sx324_bo1204203200_1第114回芥川賞受賞 又吉栄喜さんの「豚の報い」を読む。

あらすじ  ある日、突然、沖縄の浦添のスナックに豚が闖入。豚の厄を落とすため、大学生の正吉は、スナックの三人の女たちの案内人として真謝島の御嶽(ウタキ)に向かう。ひたむきに生き、ユーモラスな沖縄の人々の素朴な生活を心優しくつかむ。 沖縄人の心意気と純朴を感じる。

女達の本音の過去が語られ、沖縄の風習に従って風葬されている父の遺骨と正吉の出会いが海の情景とともにスリリング。女達は天真爛漫でもあり、沖縄の庶民のバイタリティが見事に書き込まれている。Yjimage1

これは、標準語で会話で描いてあるので読みやすい。
筆者はいう。「豚は祈りの象徴であり、魔除けにもなり、逆に魔物を招くこともある。内面のものを全部、出し切ったことにより奥深く沈んでいるものをが出てくる。自分の近くには神様がおり、それを物語に普遍化した」

人間ってほんとはとても純真無垢で、正直に生きることが幸せなな生き物なんだ、とこの本は訴えるのか。

それに引き替え、森友、加計のあの隠ぺい、欺瞞体質を毎日報道の中で見るにつけ、ため息ばかり。 今日も財務省自らが籠池氏に1週間位雲隠れするように命じたというニュース、怒りはまだまだ続く・・・。

2018年5月31日 (木)

星野冨弘・ 種まきもせず

007星野富弘さんの花の詩画集 「種まきもせず」に心惹かれる。ご存じ、絵筆を障害のため、口にくわえて描く画家。 その植物、動物へのあふれんばかりの愛情が絵筆の一線、一閃に伝わる。 加えて添えられた詩は人間、ここまで素直な心を持つことができるんだ、とでもいうような一見 静寂な言葉の中に明るい情熱やいつくしみが読者にビンビンと伝わる 。004

たとえば、ハナニラ → 「この花は この草にしかさかない  そうだ 私にしかできないことがあるんだ」

シモツケソウ→ 「道端の 花のように ひっそりと だれかの役にたてたら いいな  神様だけがしっているんだ」

たまあじさい → まだ あそこに あるだろうか 山道のほとりの 玉紫陽花   美しくは生きられないけど 美しいものと いっぱい逢いたい。008
すみれ → 道の割れ目で 蟻とすみれが 暮らしている  蟻と花でさえ 助け合えるのに 同じ人間 どうしてきりもなく 戦争するのだろう

すてきな詩ですねぇ。 人間こんなに心のきれいな人ばかりだと、 改ざん、隠ぺい、ごまかし、虚偽 など政治の腐敗など起こらないのですが。 それに司法まで手を貸して、不起訴。 これで幕引きだなんてひどすぎる (*`ε´*)ノ002
あの言葉の哲人、谷川俊太郎さんもいう。 「私のきらいな言葉、今の政治家の間に流れるこのような言葉が嫌い!」003_2

対して、工藤直子さんの好きな言葉 「ふわふわ 、 すりすり・・・」 、私は世の不正に対して民主主義を貫こうとしている人たちに 「すりすり・・・」

グラニチカがきれいになってきた。今日は白あじさいを11本、アコでお世話になってなっている公民館に届けた。

2018年5月28日 (月)

徒然草・方丈記

002_2あまりにもきびしい現実を聞いたあとに、こんな自然回帰のような本もまた一興。

小学生でも読めるという 現代語訳 日本の古典シリーズのうちの 山崎正和訳 徒然草・方丈記を読む。徒然草は14世紀ごろ、兼好法師が書いたエッセイ。

あの有名な句  「つれづれなるままに、日暮し 硯に向かいて、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくれ・・・」 で始まる。124章もあり、小説的なエッセイもあり読みごたえもあり、人生訓が600年の時をへてなお考えさせられる、というより こんな生き方もまた自然でよろし、と思う。006
一端を紹介。 「真理を説いて笑われる」  牛を売るものがあり、買う人が明日その代金を支払うという。ところが夜のうちにその牛は死んでしまった。 この場合、買おうとする人は得をして、売ろうとする人は損をした、 と語る人がいた。 

007しかし、牛の持ち主は損をしたともいえるが、大きな得もしている。命あるものの死期を実感し、牛の持ち主は生き続けている。 一日の命は万金より重い。 牛の値段はガチョウの羽毛より軽い。 万金を得て一銭を失った牛の持ち主を損した、ということはできない。014
だからこそ、人は死を憎むのであれば、生を愛さなければならない。 生きながらえていることの喜びは、日々味わって楽しまないでよいものだろうか。 それ自体で財宝であるものを忘れて、危険をおかして他の余分な財宝をむさぼろうとする。

生きる愉しみを味わわないで、臨終の際に死を恐れるのであれば、それは筋がとおらない。」

と、まあ、現代の我々も納得できる人間の真実をユーモアチックに描く。

方丈記Kawaijinja_hojo1
← 方丈の家の再現図、  徒然草の約100年前に書かれた。 これと徒然草、枕草子と共に日本の3大エッセイといわれ、天変地異、戦乱の世などを描き、歴史書としての役割をはたしている。017
ゆく河の流れは絶え間ないが、それでいて、水は常にもとの水ではない。 よどみにうかぶ水の泡も、消えたかと思うとまた結んで、長く姿をとどめるためしはない。 この世の中の人間と、その住処もまた、これと同じ。・・・ で始まる 有名な書き出し。無常観の文学とも言われ、乱世をいかに生きるかという自伝的な人生論。戦乱の世に続き、地震、飢きん、疫病にさいなむ人々の災厄についての記述が続き、世の無常から草庵での生活に入り、方丈記を書く。

2018年4月26日 (木)

本 「かがみの孤城」

Head1「本屋大賞受賞」の文字 が大きく 「帯」に書いてあったので、好奇心で読み始めた。 ハードカバーで554ページあるが、会話形式も多いので、2・3日もあれば十分読める。

あらすじ・・・学校での居場所をなくし、閉じこもっていた中学1年生 こころ の目の前で、ある日突然部屋の鏡が光り始めた。輝く鏡をくぐり抜けた先にあったのは、城のような不思議な場所。そこにはこころと似た境遇の7人が集められていた―― なぜこの7人が、なぜこの場所に。

孫も中学生になり、もろもろ小・中学生が近からず、遠からず の環境にある私には、興味深いストーリー。 七人の中学1年から3年の男女たちは生まれも環境もまったくちがうが、不思議な共通点があった。 読み進めると、最近の中学生はこれほどまでに自分を内に深く閉じ込めるものなのか、対人関係を見つめるものなのか、と少々まどろっこしくなってくる。 

でも、これが現実に近いのかもしれない、と思うと現代の子どもたちの現状に驚愕する。・  彼ら・この7人は何を見つめていこうとしているのか、何を打開しようとしているのか、大人がはかりしれない事実と大人への階段を登ろうとする子どもたちの大人を見つめる目線におどろく。 この生きづらさを溶解するアドバイスをあたえるのが、鏡の中の妖怪。

教育者、中・高生に特におすすめ。 子どもを見つめる目が変わってくる。

2018年4月 4日 (水)

本 サハラの薔薇

Yjimagerbo5ix1b下村 敦司著 「サハラの薔薇」を読んだ。 344ページだから、時間かかるかな、と思ったが ミステリー、アクション、ロマン、ペテン、科学もの と盛りだくさんで 「さて、どうなる、どうなる」 の連続。 2日間で読み切った。

あらすじ

エジプトで発掘を行う考古学者、峰は、新たにフランスに職を得て、乗った飛行機が砂漠に墜落。生存者のうちの6名でオアシスを目指す。峰が発掘した新しいミイラ、 偶然居合わせた同じ日本人、永井の隠された使命、砂の結晶「サハラの薔薇」の意味、 やがて真実が明らかになる。盗賊、自然の驚異、テロリスト、暗殺者と「インディージョーンズ」ばりの危機が次から次へおそってくる。C0067690_94358181
オチは 原子力開発の意味、「トイレのないマンション」に国は何故開発・稼働をせくのか?  天然原子炉は存在したのか、もし存在したなら、核のゴミも解消できる工程が開発されれば、世紀の大発見になる。大発見か、さもなくば核のゴミをサハラに捨て去るための隠ぺいか。0131
アクションストーリーも最後は社会派科学ものに近くなる。 手に汗握る、とはこんなことを云うのかも。「これからどうなる、どうする?」が気になって本をテーブルに置くことが難しくなるほど。Yjimagek4yt91b5
このアフリカの地図で、白い所がサハラ砂漠。そこに日本をおいたので、サハラの広さが想像つく。 主人公たちはこの中を決死行する。 とにかく面白いから一読をお勧めする。

2018年3月22日 (木)

「んだ 祭だ、ふるさとだ!」

Img_20180322_0001同じ市内で、福島に知人・親類がいたというわけでもないのに、100回以上も通い、福島県の 人、郷土芸能、文化をここ5年にわたって撮りつづけている人がいる。

奥様は 40年も前に次男坊の保育園の先生だった人。 お宅に訪問するとやれ懐かしや、あの子はどうしてる、その後どうしたの、との話になり、肝心の福島の話を聞くのを忘れてしまった。 Img_20180322_0002

写真家 鈴木 渉 さんは 写真家協会賞や土門拳文化奨励賞などを受けたれっきとした写真家。 先ごろここで紹介した まゆずみ まどかさんの「ふくしま 讃歌」 とも重なる部分もあるが、豊富な写真は 福島県に連綿と伝わり、その伝統を守って行こう、とする県民の 郷土愛でもあり、人間愛に満ち満ちた素顔の瞬間を見事にとらえている。Img_20180322_0003

作者の許可を得て、この写真集の一部を紹介。お近くの方、ぜひお手にとってご覧じろ。そして もっともっと 福島県を身近に感じてほしい。Img_20180322_0004
① 太鼓をたたいている二人は 箱崎の獅子舞(伊達市)Img_20180322_0005
② 相馬福田の十二神楽 (相馬郡新地町)

③ 野馬追武者たち

④ 菜の花迷路 (南相馬市原町区 菅浜) Img_20180322_0006_3
⑤ 鹿島区の 日吉神社のお浜下り ← 神社の神輿を島崎の浜に移し、湖水を神輿に奉納し、潮垢離の儀式をおこなう。

⑥ 御宝殿熊野神社の稚児田楽 ↓

さまざまな困難にあいながらも、郷土の祭を続けていこうという気概はどこからくるのだろう。 原発避難で分断された人たちも 「郷土」という点では一致点を見出す。 それをささえる笑顔と歴史と伝統、地域の力を、この写真集は誇らしげに 切り取っている。

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