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2018年4月22日 (日)

中国帰行 四日目

Yjimagewrvjadxg、武陵源から空港に着いたのは前日午後11時35分。そして、国内線で上海空港に着いたのが午前2時半ごろ。ホテルに入ったのが 今朝の午前3時過ぎ。 朝集合は午前6時20分なので、ほとんど寝ていない。

そして、成田到着 午後1時半ごろ。なんせ、上海9時5分搭乗開始と云っても、出発までに1時間かかる中国時間。 疲れた (。>0<。)

今回は写真好きな人向けの旅だったからこのような強行軍だったのだろう。

それにしても、どこの観光地に行っても 人・人・人集団に気圧される日本人。彼らは 小声で話すことは失礼、と教育されているから、とにかくとなりの人とも大声でしゃべる。その騒音たるもすごいが、これだけの人の移動を目にするのは私の中国行き以来初めてのような気がする。それだけ、中国の人たちが豊かになり、旅行も簡単になったということかもしれない。なんせ、聞くところによると、13億の人口のうち、1億人が一億の財産を持つというから。

2018年4月20日 (金)

中国三日目 天子山

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張家界国家森林公園、袁家界景区へ行く。 途中野生の猿にも会う。ここでも、山に入るのに、チケットを買う(エレベーターに乗るため)、人、人、人集団。 で、ガイドさんが白タクをやとい、3台で山の入口へ。 途中からまたもや、巨大エレベーター !!!。084

Img_20100220121雨上がりだったので、ちょうどこんな景色が見られた(ネットから)096_2




観光スポットでは、中国のおばさんたちが、民俗衣装を着こんで大はしゃぎで写真をとってもらっていた。099


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ところどころに山ツツジのピンクの花が咲いていて、これがなんとも幻想的。


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夕方は宝峯湖遊覧。

2018年4月19日 (木)

中国二日目 天門山

006_2今日は天門山へ。 まずはロープウェイに乗るためにその基地へ。 1500m級の山だけど、市内中心地からノビルロープウェイ。 なんと7000m強。 まずは人・人・人・人集団に圧倒される。1時間以上まち、これでも団体優遇タイム、でやっとロープウェイ。 世界一の長さという。 中国はなんでも世界一がお好き。018_2

Yjimage10      こんな木道を歩く。Yjimage8木道から 足に赤いガラスを保護するためにカバーをつけてガラスの道。おそるおそる下を見る。020_2

途中のやまみちには、イカリソウ、サクラソウ、マムシ草、すみれ、ミヤコワスレ などが咲いており、日本と植生はあまり変わらないように見える。
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頂上に着いた頃、ちょうどウイングスーツを着た人たちが飛び立った。ここでは毎年「鳥人間大会」をやっているとのこと。私たちは生でみられてラッキー ( ^)o(^ )、私の写真はうっかり消してしまったのでネットから拝借。043_2


下山途中に巨大な「穴」がある。 この面前には999段の石段。元気な人はこの石段を歩いて下ったり、上ったりする。

行きはロープウエィイだったけど、帰りもまたすごい。一基100mはあろうかと思うエスカレーターを 12基乗り継いて、かなりのところまで降りる。その後はシャトルバスでふもとへ。

このエスカレーターの規模もまた世界一とな。

とまれ、この雄大で風光明媚、豊かな自然がいつまでも、と願わずにはいられない。

2018年4月18日 (水)

武陵源一日目

250pxchina_shanghaisvg1家人が久しぶりに体調回復を兼ねて、写真を撮りに行きたい、というのでちょっとお付き合い、のつもりが大変なハード旅行。

「コンパクトな日程で山水画の世界をじっくり撮影、フォトジェニック武陵源4日間」 というマイナーな写真家の雑誌に載っていた小旅行に参加。3876958111
← 上海
まず、一日目は 成田から上海へ。上海は人口2400万、北京より人口は多く、中国の商業・工業・産業の中心地。空港では約6時間の待ちタイム。やっと国内便に乗り換え約 2時間半で 張家界という風光明媚な地区に入る。 ホテル到着は 夜 11時過ぎ。 → 張家界のあるところ

中国へはこれまで、 北京、西安、モンゴル、桂林、大連、無錫、広州、そして今回の武陵源と 8回目になる。

2018年4月12日 (木)

二日目 黄龍洞

Yjimage120数年前に地元の農民によって発見された中国最大級の鍾乳洞。総延長は10kmという巨大カルスト鍾乳洞。日本の鍾乳洞と違い、ライトアップがカラフルで、ド派手なところが中国的。この鍾乳洞最大の売りは、地底に4kmに及ぶ川が流れていて、そこをボートで遊覧した。(この写真はネットから)056この公園入り口付近には数ゖ所、こんな小粋なしかけの水車が設置されている。

中国二日目 天門山

006いざ、天門山へ。 なんと1570メートルの山に、町(張家界市)の中からロープウエィが伸びている。その長さは7000mあまり。  山へ行くのに、この人ごみはなんじゃい、とおもうほど数えきれない人人人人 の集団。団体なので、多少の融通はあるものの、ロープウェイにのるのに、大集団のなかで並ぶこと1時間以上。 それでも、乗って眺める景色は 人集団を忘れさせる 雄大で風光明媚。018

C1d29ba9s1かように、天空の路を歩くことが出来る(ネットから)。Img_d4f271a2177328a5e842a3f65751fec頂上に着いた頃、3人がウイングスーツを着て、飛び立った。 毎年6月にはここで鳥人間大会が行われるという。 私はあわてて写真を撮ったが、大事な写真なのにうっかり消してしまった残念(これはネットから)。

この山の植生は日本と似ていると思った。イカリソウ、まむしぐさ、サクラソウ、すみれ、ミヤコワスレ、などがさいていた。025


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途中に 「穴」 と呼ばれる大きな空洞になっている岩がある。

ここの面前には999の石段があり、上るとご利益があるという。

この山を下りるのに、なんと100mはあろうかという12機ものエスカレーターを降りる。だから、高齢者でも上ることが出来るのだ。

国立公園として世界自然遺産に登録されているが、観光客の数がすごい。

日本だったら、これだけの規模のエスカレーター、ロープウェイ(世界一をほころ) を作るのは自然破壊として反対の矢面に立つだろうけど、 国威高揚なのか。

2018年4月 1日 (日)

桜と7名城めぐり 一日目

007バスツァーで静岡、愛知、岐阜県の7名城めぐりに参加。 天気もよく、暑い位の中、桜と七つの名城を鑑賞。

← 駿府城跡 徳川家康が晩年をすごした城, ↓ 地元の太鼓サークルが城観光を盛り上げる。

日本人にとって、城とはなにか、と考えさせられる。 今は、ほとんどの城は観光名所になっており、歴史と文化を垣間見ることが出来、経済効果も多くもたらしてくれる場所になっている。015


ほんとにわずかの城めぐりだったが、環境・自然効果も大、と感じた。もともと「権力」というものに、違和感を覚える私だが、権力の裏面として、これだけの広大な緑地や遺跡建造物が残されて 今にいたるのも、権力の側面か、と 両面の功罪を実感。

← 浜松城・・家康の出世城Img_2388e14912750681371_3

日本の歴史、風土や景観を語る上で城を外すことはできない。当時のままの物や復元された物も含めると日本には100名城意外にも多くの城があり、文化的・歴史的遺産として、また観光地として多くの人たちに親しまれています。城の周りに広がる城下町の跡には、往時の面影を残しながら美しい町並みが形成されているところも多い。018_3

そして、それを取り巻く植物群。 名所たらんと桜並木も近年多く整備されている。 桜も300種以上あるとされ、今はソメイヨシノがほとんどだが、 城近辺には 多種多様な桜が残るところもある。 日本にこれだけのサクラが「拡散」された、理由の一つは 嵯峨天皇が 「桜」 を特に愛で、そのころから多くのサクラを愛でる歌が歌われたこと、 また、農耕地では、桜の開花期が春の農耕の始まり のめやすに なったということもあるそうな。

どの城も今では歴史資料館になっている。この 浜松城のなかではこんな「高札」があった。

キリシタンの訴人 銀 500枚、、いるまん(キリスト教の宣教師)の訴人 銀300枚、立ち返りもの( 一度、キリスト教をすてたが、再び戻ったもの) 銀 300枚、 030

「訴人」 とは密告者のこと。 なお銀500枚は小判8両と同じ。第二次世界大戦中もこれに近いようなことがあったなぁ。

← 名古屋城

関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康は、1609年豊臣方へのそなえとして、名古屋城の築城と清須から新城下への街まるごとの引っ越し。 これが現在の名古屋の原型となった。

ここは金のしゃちほこも有名。また、名古屋城本丸御殿には2009年からの復元工事により、表書院の上段の間などに、華麗な絵画がちりばめられている、一見の価値は十分。038_2

2017年11月 9日 (木)

とおかんや

001毎週、けっこうローカル色豊かな公民館でアコーディオンを練習している。そこのエントランスにこのような藁でできた棒のようなものが飾ってあった。

「とうかんや」 と説明書きがある。 十日夜 と書く。 いわく

旧暦10月10日に行われる収穫祭の一つ。 稲の刈り取りが終わって田の神が山に帰る日。
一般的には、稲の収穫を感謝し翌年の豊穣を祈って、田の神に餅・ぼた餅が献じられるほか、稲刈り後のわらを束ねてや「藁鉄砲」や「わらづと」 を作り、地面を叩きながら唱えごとをする行事。これは、地面の神を励ますためと伝えられるが、作物にいたずらをするモグラを追い払う意味も持つ。

群馬・埼玉県では、子供がわら鉄砲を持ち、集団で各家を訪れ地面をたたいて歩く。十五夜と同じく月に供え物をする所や、 田の神送りの日として、2月10日前後の田の神降ろしと一対のものとみなしている所も、福島県を中心にして見られる。
一方で、わら鉄砲打ちの唱えごとや月への供物の習慣から、この行事は、水田での稲作のみに関わるものではなく、畑作祈願の要素もある。Yjimage1_2
「わら鉄砲打ちの唱えごとの一例」
とおかんや、とおかんや
とおかんやの、わらでっぽう
夕めし食って、ぶっ叩け
なんとまあ、かわいい行事が昔はあったもの。 今じゃ、この近辺に野菜畑はあれど水田はほどんとなし。こんな行事を衰退したけど、それでも日本の主食は米。 豊かな稲作は日本文化を育て、自然環境を守り、日本人そのものを生かしてくれた。 こんな豊かな楽しい伝統が消え去るのはさみしい。

2017年10月 4日 (水)

お月見どろぼう

Otukimu01300x2251今日は中秋の名月、今は曇り空、夜9時ごろには晴れてほしい。 

さて、「お月見泥棒」という言葉がある。 日本の各地で行われていたようだ。 あのトリック オア トリート に通底するものがあるが、日本では 「いたずら」 なんかはしない。 所によっては 黙って盗るか(今はそんなことなくなったが・・)、玄関をたたいて 「お月見様!!」 と声をかけて お菓子をもらうのだそうだ。201710030105_top_img_a1

こんないい風習がのこっている地域があるなんて知らなかった。 子どもを大切にする、という大人なたちの願いから生まれたものだろう。

昔、子どもたちは月からの使者と考えられており、この日に限って盗むことが許されていた。201710030105_box_img1_a1
また、子どもたちにお団子を盗まれることは縁起が良く、農作物が豊作になるとも言われており、盗んだお団子を食べた子どもは長者になるとか、七軒盗んで食べると縁起が良いともいわれている。201710030105_box_img4_a1
子どもたちは、竿のような長い棒の先に、針や針金をつけ、それを使ってお団子を盗むので、お団子を縁側の盗みやすい場所に置いていたそうな。

福島県は浅川町、東北、関東、沖縄、でも地方ではひろくおこなわれていた、いや、今でも残っているかな??

名月は日本の大半の地域で見られそう o(*^▽^*)o

2017年9月 3日 (日)

こども動物自然公園

201608182356241_3昨日は孫4人、私の子二人、連れ合い二人、私と計9人で動物園に行った。8人乗りの車だったので、子どもは3人で二人と数えるらしい。で、法定内人数。

ここは気持ちがいい自然に開かれた動物園。 放し飼いもふれあいもある公園。003_3

開園は1980年 46ヘクタールの巨大な敷地を利用して、動物は200種、1600点が飼育されている埼玉県内最大の動物園。中でも日本国内では9カ所の動物園にしかいないコアラ 世界最大級のフンボルトペンギン生態園ペンギンヒルズ、冬場におけるカピバラの露天風呂で知られている。006_3
004_3敷地内には『国際児童記念館』(こどもの城)、ピーターラビットなどの絵本の資料館『ビアトリクス・ポター資料館』、『動物園以外の施設も設置。 今回はポターの家には入らなかったが、その家に通じる道、家の外観はイギリスで見たポターの家をそのまま再現したような風格。 008_3

また、動物園に隣接して埼玉県平和資料館がある。 一日でまわろうと思うと駆け足でないとまわりきれない。

最初はシマウマ。キリンの大きさにびっくり。次に乗馬に挑戦。孫3人と42歳の娘。011_2
ネズミのトンネルわたり、森フクロウなどを見たのちに 自由広場でお食事。 昨日夜ハンバークの予定だったけど 居酒屋に行ったので食材がそのまま残り、 ハンバーク昼食。014_2

午後はコアラ、ナマケモノ、イワワラビ^ー、カンガルー (放し飼いになっている)、カピパラ、ワラビー、エミュー などを見、途中ヤギのエサやり時間に間に合い、えさをやったりしているうちに私はそろそろギブアップ気味。018_2アップダウンがけっこうある中山間地を切り開いているので、高齢者にはきつい。その分自然の景色は満喫できるが・・・。019_2
最後にウサギ、モルモット、ヤギとのふれあい、抱っこをして、モルモットの橋渡りを見るころは午後は2時半。 結局は半分ほど園庭を歩いたのみで終わりにすることに。024
しかし、こどもたちは馬にのったりやぎにえさを与えたり、モルモットをだっこしたりとおお満足。 私はと言えば生まれて初めて本物の2mはある蛇にさわった。あの蛇子さんのおかげだ。 また来よう、またね、といって動物園を後にした。027

これだけ広大で自然のなかで楽しく遊べるのは公立だからでしょう。 税金をこんなところに使ってもらうのもうれしいことです。